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◆亀鯖に生息するタルタル絵日記◆

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別れ-完結-

土日の二日間かけて、お通夜と告別式を無事終える事が出来ました。
喪主では無いけど、出棺の挨拶も無事間違える事無く。

お香典関係などを父の会社が総力をあげてやってくれたので、すごい助かりました。
あれを身内だけでやるとなるとかなりきつそうです。

台風が来ていたので雨だけが心配でしたが、お通夜の日のお昼には晴れ、
告別式終了後に小雨が降り始めたのでたぶん父が頑張ってくれたのでしょう。

来てくれた人と話すと一気に涙が溢れましたが、しゃべらなければなんとか我慢できました。
あまり実感が沸かないのかもしれません。

しかし骨壷へ骨を入れる時は二度と味わいたくない気分になりました。
ここで初めての死を感じました。

あたりまえですけど銀歯は燃えないんですね、私の時も転がってくるでしょう。

いろいろ大変でしたが無事葬式関係を終わらせる事が出来たので父も安心してくれたかな。

事務的な事がまだてんこ盛りなのでしばらくは外出の日々になりそうです。
全く仕事をやっていないので印税生活ですが、早いとこ復帰しないと手が腐りそうです。

一応仕事を取りに行ったのですが、「冬ソナ」と「カイジ2シーズン」「サンレッド」でした。
全く知らないアニメ関係のばっかりだったのでびっくりはしましたが
まさか冬ソナのアニメをやる事になるとは。

「アナタガトゥキデース」 はチャンドンゴン。

カイジだけはもうやりたくなかったのですがそれはお仕事。頑張らなければ。

仕事をやるにも一階をきれいに見せる為にすさまじい荷物が私の部屋に流れ込んできたので
まずは掃除をせねば(ーー)

したっけまた明日!
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| 大切な人との別れ | 05:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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湯棺

今日はお葬式を頼んだ業者さんの執り行う湯棺というのを自宅で行いました。

部屋に大きなバスタブを持ち込み、、俗世間の嫌なものを流し、故人を清らかにしてあげる事。

水>お湯の順番に桶に入れてぬるま湯を作り足元から一度も止まる事なく尺で一人少量のお湯を
流してあげました。

シャンプーリンスなどもした後で最後におひげを私が剃りました。
生前からお風呂が好きだったので気持ちよさそうな寝顔に見えました。

その後、家族の望んだ服装に身を包む作業を頼み、棺の中へ。

お布団で寝てる姿とはまるで違いました・・・。

布団での姿より、遥かに「死」というものを真近に感じました。


親戚、父の友達、会社の仲間と続々と訪問されました。
近所の母の(私も普段から付き合いはあるが)友達が複数名手伝ってくれたのですが
それでも台所は戦場でしたw

一瞬の隙をついて食べたりも出来ませんでした、が。

父の生前の仕事の事とかの話など、どれだけ信頼されていたかなど
すばらしい父なんだと改めて思いました。
家ではきれい好きのやさしい父という姿とは別の姿が知れてよかったです。

出来ればその事で父へ声をかけたかったのですが、もうそれは叶わないのですよね。

一日あけて御通夜と告別式と2日明後日より続きますが、なんとか乗り切りたいと思います。
300人以上もいるなかのスピーチは正直ブルってます!

小学校の国語の教科書ですら噛んでいましたからね!

【FF】
夜、母と妹と予定について話た後、さすがに昼間の疲れで早く寝たので、
私はやることも無いのでFFへログイン!

デュナミスジュノへ行ってきました。
バージョンアップしてからやったのは赤のWSとシーフのWSを覚えた事だったので
どっちかで行ってみたかったのですが、さすがに赤でTP貯めてたら怒られそうなので
シーフで。

マンなんちゃらってWSを使ってました。最初のほうはダメージログを出していたのですが
不意打ち>WSで700前後。不意だま>WSで900前後
不意打ち>アサシンチャージ>WSで1100くらいでした。
最初の方の敵だったのでWSが強いのか弱いのかわかりませんでしたけどね。

LSのNさんは侍、ナ、か(休んでいる間に他も覚えたのかな)とどんどんwsを覚えていました。
ナのWSがインビンや絶対回避を貫くWSなので良さそうですね。

裏LSの会話で敵対心がなんちゃらってログがあったのですが理解できませんでしたw
ドロップのほうは全然数えてなかったのですが12個出たみたいです。

4国だとこれがドロップあがったのか微妙な感じでしたけど、新ジョブのコルセアの手が1個に
からくり脚が2個出てました。先日からくり75になったNさんが取れたので喜んでました。

明日は特に問題がなければ繋ぐ予定なのですが、毎週金曜日はサルベージディ。
完璧にこなすっていうのとは違いますけど、1こずつ成長し覚えている感じが面白いですね。

お空の方にも早く顔をだしたいのですが、なかなか土日が空かないのでもうしばらくは
難しそうです、代理リーダーの方の疲労もあるとおもうので頑張らねば。

引越しも考えているのでどうなるかわかりませんが!

それでは今日はここまで!したっけ!

| 大切な人との別れ | 02:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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これからもずっと見ていてほしい

FFへのログイン中断、その日記を書いてから3ヶ月ちょっと。
父の肺線癌の病気が発覚した日です。

家族バカですが、自分達でも仲がいいねと言うほどの家族愛でした。
独立で戻り?wや仕事の関係で一緒にいる時間が本当に多かったです。

そしてこの3ヶ月あまり。父の突然の病気発覚でその家族の絆を深めて精一杯病気と闘いました。

でも

今日、ついに父は他界いたしました。

最後は本人も生前望んでいた形、私たち家族も望んだ形での最後を迎えられました。

ここ一ヶ月は記事を書くのが怖い事もあり、闘病の事について書けませんでした。

でもマイナーなサイトとはいえ、見てくれている方の家族への気持ちがさらに深まる事を願って
最後の一ヶ月の闘病生活を書き残しておこうと思います。

一度目の抗がん剤治療については以前書いたので二度目直前の所から。
一度目の抗がん剤治療の副作用(白血球が少なくなったり感染症にかかり易くなる)に
見事引っかかってしまい、肺炎を併発してしまいました。

この為、熱があまり下がらず、この状態では二度目の抗がん剤の予定が難しいので
体調が戻るのを待ちましょうと先生。

この待ちましょうという意見には、一回目の抗がん剤治療後のレントゲンの結果が含まれていたから
で、家族で見せてもらったところ、ほぼ癌細胞が消えてるんじゃないの!?

そんな風に思えるようなレントゲン写真でした。
見事抗がん剤が効いたと先生も、私たち家族もが思いました。

しかし抗がん剤の副作用によって体力が低下した体へ癌細胞がとんでもないスピードで
父の体を蝕んできたのです。

あまりに熱が下がらない為撮ったレントゲン写真の結果でした。
抗がん剤を打つ常態の3倍には膨れ上がっていました。スキルス性と呼ばれる進行性の
ものすごい早い癌だそうです。

この事は父には知らされず、抗がん剤はもう仕えない為、治療はせず、緩和ケアという
苦しまないように余生を過ごす看護を進められました。

しかし、可能性は少ないけれど数年前に開発された薬が可能性は低いけれど試してみますか?
と提案してくれて、家族一致で挑戦する事に。

その話を聞いた、父も目を輝かせて、「まだ希望はあるんだね!」

そうした治療の薬を飲み始めて一週間後、父が息がしにくいと報告、
レントゲンとか血液検査をした結果。

肺ガンが大きく広がり、肺水が始まっていたのです。

肺水とは癌細胞が元からある体の組織に分裂して取り付き、水となり肺を水でいっぱいにしてしまう
事です。

父の父と兄は実は二人とも肺癌でなくしており、肺水で苦しんだ最後を見ていたので、
それだけにはなりたくないといつも家族にも先生にも言っていました。

最後の治療がもう駄目だと知った時の家族の決断は苦しまないような最後。
これだけに集中しました。

胸にチューブを差し、そこから肺に溜まった水を取り出すようになりました。
しかし苦しみはどうしてもでてしまう、その時の対応としてドルミカム?だったかな・・・
強めの睡眠補助薬と痛み止めのモルヒネを併用する事に。

その仕様にしてから一度だけまゆをしかめて苦しがってしまいましたが、ドルミカムの量を
促進させる事で、痛みをやわらげ、苦痛を無くしました。つよい睡眠効果と引き換えに。

つよい睡眠効果、これは一日のほとんどを寝てすごす状態。
いつ目が覚めなくなるかもわからないので、病室で母はすでに泊り込みだったのですが
妹と私ももう家には戻らず一緒に泊まっていました。

自宅に戻るのが難しい為、愛犬を病院へ連れてきて一緒に写真を撮りました。
父も笑顔で映りました。

辛い話はせず、うちの家族らしく常に明るく話して時間を過ごしました。
一日のほとんどは寝ていても、耳は聞こえるそうです。

たくさん話かけました、あんまり寝てるとおでこに【肉】印を書くぞと脅したり
へんなアイマスクまでつけようとしました。

そして今日の朝、呼吸を体全体でするようになったので心電図をつける事に。
時々、呼吸の間隔が長くなったりすると手先が真っ青になったりして声をかけたりする事で
意味があったのかはわからないけど、呼吸が正常に戻り、手先も肌色になったりを繰り返し、
そんな常態でほぼ一日父は頑張っていました。

家族3人でおやつを食べ、「早く起きないと全部たべちゃうぜ?w」

はたからみたなのんきな家族の図、それから30分後くらいで看護婦さんが
心拍数に変動がみられますので、皆さんでついていてあげてくださいね、と。

一度呼吸が止まった風に見えたので

「お父さんw呼吸忘れてるってw」

父「フガッ」

忘れてたかのような呼吸。

そしてまた長く止まった呼吸、

家族「だからもっと呼吸しないとw!」

看護婦さんが病室へ入ってきたので

「先生。お父さん呼吸がすんごい長いよ」

看護婦さん「今ね、お父さんの心電図が・・・」



大きな声で泣く母、抱きつく妹。

頭が一瞬真っ白になり気がつけば我慢して耐えてた涙が溢れていました。

気がつけば、毎日入れ替わる看護婦さんがたくさん病室にいて一緒に泣いていました。
母も父も看護婦さんとすごい仲良くなっていて、お仕事休みの日にまで私服で応援しにきてくれて
ました。

ほぼ死と
隣あわせのお仕事なので慣れているものだと思い込んでいましたが、声を出して

「本当に頑張ったね!」

母に抱きつき一緒に泣いてくれていました。
数分後、死亡確認で担当の先生が来てくれたのですが、この男の先生を父は心底信頼し
好きな人格者でした。

そしてこの先生までもが

「悔しいですが本当に頑張りましたね」

と涙を零していました。



父と最後に交わした言葉は

二日前丁度目を覚ました時、手を4人で握って

「苦しいのもう、とれる薬先生にうってもらったからね!」

に対して、三人の顔をそれぞれ見て

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」





私が父にどれだけ言っても足りない言葉だろう。
冗談で話をしていたが、

「もし死んでもきっと側で見守っていてくれるから悪い事は出来ないね!」

人に恥る事無い人生を送った父のようにまっすぐに生きていきたいと思いました。
父と過ごしたたくさんの思い出は心の中へずっと閉まっておきたいと思います。

これから私がまだ体験した事のない行事がたくさん起きますが
母を助け、自慢の息子だと胸を張って天国で言ってもらえるように頑張りたいと思います

この病気の話でFFで知り合った友達が癌の闘病生活ですごい助けてもらいました。
いろいろな情報や瑞芝(免疫力を強化する高額なお薬)をたくさん送ってもらって。
最後食欲が無くてもそれだけは飲んで病気と闘いましたよ。

今頃天国で挨拶しているかもだね。


そして最後に、いつもは他人事だと思います。
思っていても行動にはなかなか移せないのも体験済みです。

だけど、別れは平等に訪れます、私も3ヶ月前までは一瞬も想像しないような結果になりました。
家族と恋人と旦那さん奥さんと過ごす時間を大切にしてください。
どんな生活をしていても必ず悔いは出てきますが、もしこの記事をみて
大切な人と大切な時間が少しでも多くなればと願ってます。



大好きなお父さん、生んでくれて育ててくれて愛してくれて本当にありがとう
たくさん働いて疲れたよね、すこしそこで休んで見守っていてください。

いつか立派にすごせた人生だったって言葉を持って側にいきますので。


お父さん 本当に  お疲れ様でした。



| 大切な人との別れ | 02:45 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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